相殺する幸福と不幸の末路

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恋姫無双(初代)SS 愛紗メイン 魏呉蜀end「もう一つの外史」

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恋姫無双(初代)SS 愛紗メイン 魏呉蜀統合のend「もう一つの外史」

読者のみなさま、ごきげんよー

同人サークル The sense of sightのBLACKGAMERです

 

恋姫無双で異世界に飛ばされた理由とか、敵に命を狙われる理由とか、そのあたりをもっと詳しくしりたい

きっと、こんな理由があったからなんじゃないかな?

そんな想像と妄想を働かせて、俺が見たかったエンディングをご用意しました

お楽しみください

 

当ブログの恋姫無双SS一覧

  1. 恋姫無双(初代)SS 魏呉蜀ハーレム ほのぼの「刃の音色と宴の夜」
  2. 恋姫無双(初代)SS 蜀ハーレム&華琳&蓮華「手紙に込める想い」
  3. 恋姫無双(初代)SS 魏呉蜀end「もう一つの外史」(今ココ)
  4. 真・恋姫無双 SS 魏end 華琳「王が王に戻るまで」

 

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【市】

今日も今日とて警邏のお仕事、やっぱり俺は政務よりこっちのほうが似合ってるなぁ。

なんてったって愛紗とデート、楽しくないわけない。

緊迫した表情だと街の人たちを不安がらせるよって言ったら、渋々うなずいた後は優しい笑顔。

言うことなしだね、ホント。

「ご、ご主人様? 私の顔が……なにか?」

うんうん、こうして頬を赤く染めてくれるのが、愛紗の魅力なんだよな。

「んー? 愛紗は、今日も可愛いなと思って」

「な、なにを馬鹿なことを仰るのです!? 街の安全を見守るための大事な警邏の最中ですよ。魏、呉に勝利し、たしかに天下は太平となりました。しかし、あの白装束たちがいつ来るやも分かりません。気を抜くなど……」

厳しい顔つきで雑踏に視線を走らせ、愛紗が周囲を警戒する。

まったく、いつまでたっても愛紗はマジメなんだから。

「警邏の途中だからって、愛紗の魅力の本質は変わらないよ。俺が大好きな愛紗だから」

「ご、ご、ご主人様!? 大衆の面前で何をそんな!?」

「そんな大きな声出すと、みーんなこっちを見るよ?」

「……ッ」

耳まで真っ赤にしながら息を詰まらせて、愛紗がぶんぶんと辺りを見回す。

大丈夫だって、愛紗の声も俺の声も、市の喧騒にかき消されてるから。

「せっかくだから、今度は、あの髪飾りとあの服で市まで来ようか」

「!?」

「我が国一番の美少女の存在を、みんなに知ってもらおう」

あのときの愛紗は、本当に素敵な女の子だった。

今までに見た誰よりも鮮烈に俺の脳内に刻まれた、愛紗の艶姿。

思い出すだけでも、口元が自然と緩む。

「そ、そんな……あれを着るのは一度だけだと……それに、あんな服装では警邏になりませんっ!!」

「じゃあ、今度は警邏じゃなくデートということで……ね?」

「いけませんっ! あんな姿の私を衆目に晒すなど……ご主人様は私を笑いものにするつもりですか!?」

相変わらずの強情だなぁ、その自分の魅力を否定する愛紗の癖は……。

だったら、俺も演技派に責めてみるとしよう。

「そっか。俺は、愛紗にそんな人間だと思われていたのか。最愛の人を辱めて喜ぶような人間だと……思われていたのか」

「さ、最愛の……」

お、今日一番の紅潮度合い……効果は抜群だな。

「ごめんな、愛紗」

「そ、そんなことはありません、口が過ぎましたっ!! 本当に、なんとお詫びしてよいやら……」

本当に泣き出してしまいそうな顔で、愛紗が必死に頭を下げる。

うーん、ひっかかりやすいなぁ……だけど、ここで笑ったら愛紗が怒るだろう。

「じゃあ、今度また二人っきりのときに、あの愛紗を見せてね。それなら、いいだろ?」

「え……しかし……それは……」

「だって、人に見られるのが恥ずかしいんでしょ? それに、俺もあれだけ綺麗な愛紗を誰かに見せるのは、なんだか妬けるしね」

「ご主人様」

戸惑いからほんの少しだけ覗かせる、かすかな微笑み。

じっと見つめていなければ分からない一瞬、だけど、俺の言葉で愛紗がそれだけ喜んでくれたのが嬉しい。

「だから、約束……そのうちでいいから、見せてね?」

俺が愛紗に笑顔を向けると、また困ったように目を泳がせてから、はぁっとため息をつく。

「わかりました。……ですが、他の誰にも見せませんからね!? あのような姿、鈴々や星に見られたら、何を言われるか」

たしかに、皆といつも一緒にいて、愛紗の性格を全部知られちゃってるわけだし。

自分から周りにあれこれ注意する立場の愛紗としては、難しいんだろうな。

 

「とんだ茶番だな、こんな三文芝居のために俺の手を煩わせやがって」

「!?」

久しく聞いていなかった……なんて関係ない、忘れることのできない声。

当然だ、俺はこの声の主に殺されかけたんだから。

「うおぉぉぉっ!!」

俺と愛紗が身構えるのと同時に、天高くから足が振り下ろされる……踵落としか!?

「チィッ!!」

青竜偃月刀をそのまま掲げて、防御の姿勢で相手の一撃を受け止める。

奴は青竜偃月刀を足場にでもするようにぐっと踏みつけ、反動で身を翻して遠くへと降り立った。

「貴様っ!? 何者だ!?」

「やっぱり、お前か」

あのときに見た制服の姿じゃない、これがあいつの本当の姿ってわけだ。

「……ご主人様のお知り合いの方ですか?」

「名前も知らないよ。だけど、俺はこいつに元いた世界で一度殺されかけた」

「天界で……ご主人様を!?」

俺の言葉に驚いた愛紗が青竜偃月刀を握り締め、奴への敵意を充満させていく。

こんなに怒ってくれた愛紗を見たのは、初めてかもしれない。

「思えば、あのときに殺しておくべきだったと後悔するぜ。あそこで仕留め損なったから、こうしてくだらない時を何年も過ごすことになった」

「貴様、名を名乗れっ!!」

相手の悪態を聞くつもりもないのか、愛紗は刃を向けて尋問体勢だ。

「自分を殺す人間の名前ぐらいは知りたいってのが、この世界の風習だったな。冥土の土産に教えてやる。俺の名前は左慈だ」

左慈……詳しくは覚えてないけど、神仙とか道士の名前だったはずだ。

怪しげな術を使って、魏か呉の……どっちだったっけ? どっちかを弄んだって書いてあったはずだけど……。

魏では曹操が被害に……呉だと、たしか、蓮華の姉さんである孫策を呪い殺しているっていう話もあったはずだ。

「くらえっ!!」

左慈の流れるような一撃を打たせぬよう、愛紗の青竜偃月刀が空を切る。

「私の間合いにいながら、ご主人様を狙えると思うな。近寄れば、その頸を切り落とす」

「邪魔をするなっ!! 死なねばならんのは、そこにいる諸悪の根源、北郷一刀だ」

 

「ほう……その言葉、聞き捨てならんな」

「お兄ちゃんは、ちっとも悪くないのだっ!!」

「そうだっ!! ご主人様は、何も間違ったことはしていない」

「天下泰平を成した私たちのご主人様を諸悪の根源など、冗談が過ぎますわ」

「そうですっ!! ご主人様は民への深慮と優しさを備えた、この国の王なのですから」

振り返れば、そこには自分の相棒を握り締めた、頼もしい五人の戦友の姿がある。

「みんな、来てくれたのか」

「城下で何かあれば、すぐに城へと通ずるようになっていますからな」

「水くさいぜ、ご主人様。暴れるなら呼んでくれないとな」

「そうなのだっ!! いつでもどこでも突撃、粉砕、勝利なのだっ!!」

「この狼藉者を排除することが、北郷軍の最後の仕事のようね」

「ようやく、最後の砦が見えたみたいですね。だったら……後は、制圧するだけなのです」

 

「片側だけ増援……というのは、公平を欠きますし、何より私だけが蚊帳の外というのはつまらない。左慈の伴侶で、于吉と申します。以後、お見知りおきを」

伴侶……ねえ、貂蝉と同じ部類の人ってことか?

「下らん洒落はいらんっ!! さっさとあいつを始末するぞ」

「そうですね。仕事は迅速に片付けなければいけないのに、まだ残っている。魏と呉、どちらかの国との戦であなたが潰れてくれていれば、一番だったのですが……」

「魏の曹操を操り、呉との間に姦計を図ったのは、やはり貴様らか」

「まあ、おかげさまでこちらの意図した時間を稼ぐことはできました。この依り代を慣らし、使いこなす時間もできたわけですし……ね」

于吉は自分の胸の当たりを撫でながら、妖しい笑みを浮かべる。

ヨリシロ? 慣らす? 何の話だ?

「貴様の欲望が正史を違え、この外史を産んだのだ。異物である北郷一刀を排除しなければ、正史にどんな悪影響がでるか想像できん」

「何言ってんだか分かんないけど……あんたたちの主張はご主人様を殺すなんだろ? だったら、アタシらの主張は、そんなお前たちを全員ぶっ飛ばすってことだ」

皆の眼光が鋭さを増し、武器を握る手に必殺の気配が漂う中で、俺は一人違うことを考えていた。

「外史っていうのは、歴史として認められなかった話……のことか?」

たしか、国や政府が認めたものじゃなく、民間で……人が書いたのが、外史って呼ばれているはずだ。

だったら、こいつらはこの世界の住人じゃなく、俺がいた世界での……。

 

「それ以外にも、外史ってのは、誰かが正史を元に思い描いて作り出した話ってのもあるわよん」

 

俺の思考を中断させるように、その図体が立ちはだかる。

「出たな、この裏切り者がっ!!」

「裏切りって言葉は酷いんじゃないのん!? 私が違う感性を持ってるからって妬かないでよね」

「貂蝉? 何か知ってるのか?」

「ご主人様はぁ、ここにくるとき、鏡を使って来たでしょお?」

「ああ」

左慈の持っていた鏡が割れて、俺はこの世界に引きずり込まれた。

「あの鏡は外史を生み出したり、外史を封印するための鍵になってるわけ」

「壊しちまったのに……か?」

「違うわ、壊れたからよん。壊れたときに力の封印が解けて、一番近くにいた人の影響で外史が作られるの」

じゃあ、この世界は……本当に俺の願いによって作り出された、俺のためだけの世界なのか。

「私たちの仕事は、正史の世界を守るために、外史の世界の具現化を防ぐこと。正史に対して悪意を持つ誰かの手に渡る前に、鏡を集めて安置できる場所へと逃がすこと。だけど、もし世界が生まれてしまって、それが悪意に満ちた世界でないなら……生まれた世界を壊す必要はないわん」

「貂蝉!! それは貴様の考えにすぎんっ!! こいつが悪影響を及ぼすかもしれんなら、根源は根絶やしにするべきだろう」

「で、肝心な話はここからよん。外史であるこの世界の終末に関して」

貂蝉の言葉に心がざわつき、全身の力と共に血の気が引いていく。

始まりがあれば、終わりがあることも予想していた……なのに、心臓が鳴り止まない。

「生まれた世界が安定する数十年よりも前にご主人様が死ぬと、この世界は滅びるわん。残念だけど、まだその時期は訪れていないのん」

「なら、俺が死ななければ、いいんだな?」

一定の時間が経過すれば有無を言わさず崩れ去る……なんていう最悪のパターンじゃない。

自分の力でどうにも出来ない結末でないことは、俺にとっての救いだ。

「早とちりは……だ・め・よ。まだ、もう一つ方法があるわ。それは……この世界を作り出したあの鏡が修復され、外史への封印が蘇ること」

「……そうか」

だけど、鏡の行方なんて聞いていないし、欠片さえも見ていない。

どうすれば……。

「大丈夫ですよ、ご主人様」

「朱里?」

「今の会話、私にも分からないところはありますけど……ご主人様の死か鏡の修復……このどちらかが彼らの目的なら、ここにきた理由は、鏡を修復することができなかったから、ご主人様を殺すという意味です」

「なるほど、鏡の修復を遂行するならば、何処なりとで秘密裏に行えば良いと」

「そういうことですっ」

いつものあどけなくて頼もしい、朱里の確信を持った笑顔。

いつもこの笑顔が傍にいてくれて、いつもこの笑顔が助けてくれた。

「だから、ご主人様は心配する必要はないのです」

「朱里ちゃんの言うとおりね。私たちがいる限り、ご主人様に手を出させはしない」

「ご主人様を殺すつもりなら、その前にアタシら全員殺すんだなっ!!」

「そうなのだっ!! 鈴々が戦えるなら、お兄ちゃんは絶対安心なのだっ!!」

「皆、ご主人様に忠誠を誓い、ご主人様を守護することに命を懸けている。貴様らの付け入る隙など存在しないというわけだ」

「ふん、ならば……試してみるか」

左慈が拳を握り締めてこちらに踏み出そうとするのを、于吉が手で制する。

「引き上げますよ、左慈」

「なっ!? ここまで来て何を今更……」

「周りを見てからにしてください。このままでは、ハリネズミですよ?」

周囲を取り囲むように、近距離に鈴々と翠の隊が、それを援護する形で紫苑の隊が陣を巡らす。

街の人たちは安全な場所に避難したみたいで、既に二人を相手にした戦場となっていた。

「逃がさないのだっ!!」

「逃がさないぜっ!!」

二人が刃を輝かせ、疾風のごとく突進していく。

「……ッ!!」

二人の獲物が触れる直前に奴らの身体が揺らぎ、ふわりと上空へ舞い上がる。

風を捕まえたなんていう動きじゃない……理屈は分からないけど、自由自在に空を飛んでいる。

「終わりと思ってもらっては困るわねっ!!」

矢の照準を奴らに合わせていた紫苑が、寸分の狂いもない狙いで矢を放つ。

「くっ!?」

紙一重で迫り来る矢を回避した左慈の頬から、すっと一筋の血が流れ落ちる。

どうやら、方術とか仙術の力も万能じゃないらしい……相手の攻撃を対処しなきゃ、奴らも生身の人間と変わらないな。

「弓隊っ!! 斉射っ!!」

機と見た紫苑の号令で、数え切れないほどの矢が解き放たれる。

さっきの鈴々たちの攻撃を避けたのを踏まえて作られた、逃げ場を残さない弾幕。

鏃(やじり)が奴らの衣服を掠めるその一瞬のうちに二人が忽然と姿を消し、辺りに忌まわしい声だけが響きわたる。

「北郷一刀っ!! 貴様の命と存在は、必ず俺が消してやる」

「これからは全ての時間に怯え、眠れぬ夜を過ごすことですね」

耳にこびり付くその声が収まると、ようやく街に静けさが戻った。

「くっ、取り逃がしたか」

「状況は今までと変わっておらん。敵の姿を見ただけでも良しとするべきではないか」

「ご主人様の命を狙った賊を捕え損ねたというのに、何を悠長な……」

「少しは頭を冷やせ、愛紗。今までにも、主の命を付けねらうものは存在していた。いつ襲われるとも分からんからこそ、傍に誰かが仕え、警備や警邏を行っていたのであろう。まさか、そんな散漫な注意で、警邏が形骸化していたわけでもあるまい?」

「なんだとっ!?」

「はい、愛紗も星もそこまで。二人の言い分も分かるけど、ここで仲違いをする必要はないだろ?」

俺にたしなめられて、二人が叱られた子供のように申し訳なさそうな顔をする。

自分と相手の意見の正しさや胸の中の思いは、二人が一番よく分かってるはずだから。

「それに、俺も驚いているんだ。情けない話だけど、面と向かって殺すなんて言われたのは、数えるほどもないしね」

戦場の熱気に身を委ねながらも、直接の殺気が届くような場所にいなかった。

だから、殺すという明確な相手の意思がこれほどに身体に堪えるなんていう、皆にとって当然なことも分かっていない。

「ご主人様」

俺の考えが表情に出ていたのか、心配そうな顔で紫苑が名前を呼んでくれる。

周りの皆も、どうやって俺の不安を消そうかと考えてくれてるみたいだ。

「……そうだよな」

俺がこんな表情(かお)しててもしょうがない。

今までだって、どんなときだって、皆がいてくれたから、俺は生き残れたんだから。

自分の中でようやく覚悟が決まって、皆に自分が出来る最高の笑顔を返す。

「俺は、誰よりも皆の力を知っているし、信じてる。だから、皆には迷惑かけるけど……よろしくね」

「はい」

六人の声が力強く重なり、頼もしく、嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。

「城に戻り、今後の対策を練りましょう。宣戦布告を受け取った以上、相手の好きにはさせられません」

戻り次第、俺の部屋に集まるという指示が出て、各々が隊を先導しながら城へと向かった。

 

【一刀の部屋】

「ご主人様、大丈夫ですか!? わっ……」

「ちょっとちょっと、どうなってんのよ!?」

「二人とも、適当なところに座って……って、無理だよな」

帰ってからは、みんなに加えて恋、華琳たち、蓮華たちも来てくれている。

心配してくれるのは嬉しいし、これほどに揃い踏むのは安心だけど……この部屋には入りきらない。

「厳重な警護は嬉しいんだけど、俺の部屋に皆がいたら狭すぎるよ。それに、自分の武器を皆が持ってたら、ここじゃ満足に使えないだろ?」

みんなの獲物は自分の身の丈を越すものも珍しくない、この狭さじゃ同士討ちだ。

「だったら、あのジャンケンポンの奴で決めるのだ」

「何の話?」

「ジャンケンで勝った方が攻撃して、負けたほうが受け止めて……それで、相手を先に倒したほうが勝ちなのだ」

華琳の問いかけに、鈴々が身振り手振りを交えて答える。

「あら、面白そうね」

「ダメだって、あれは危ないから」

こんなメンツでやったら、世界最強決定戦になっちまう。

それに、これだけ実力伯仲の接戦だったら怪我人が続出してもおかしくない。

「ちょっとだけ、俺の話を聞いてくれるかな」

俺が立ち上がってそう告げると、全員が真剣な表情で耳を傾けてくれる。

「奴らの狙いは俺の命で……そのために皆を危険に晒したくはない。俺だけ離れて奴らと戦って、勝つなり負けるなりすれば、誰にも迷惑かけないんだけど……正直、俺だけだったら、絶対に返り討ちで即死だと思う。だけど……俺は、みんなとずっとここで暮らしたい。今まで、ずっと楽しかったし……これからも一緒にいたいから……どうか、皆の力を貸して欲しい」

俺が出来る限り、精一杯頭を下げる。

皆は、一言も発せずに、ただ俺の姿を見ていた。

「顔を上げてください、ご主人様。誰がご主人様の元を去ろうとも、私はずっとお傍におります」

「あー、愛紗ずるいー。鈴々だって、ずっとお兄ちゃんの傍にいるのだっ!!」

「それにしても、ご主人様って、ホント命令とか苦手だよな。アタシら家臣なんだから、やれって命令すればいいのに」

「それが、ご主人様のいいところだと思います。いつも、私たちのことを気にかけてくださいますから」

「考えてみれば、私たちの本当の初仕事かもしれないわね。これほどにご主人様が望んだことなんて、覚えがないもの」

「主の願いを叶え、満足させてこそ、家臣としての真価が発揮できるもの。この刃をようやく真の意味で主のために揮えるというわけですな。では、主の言葉も頂戴できたわけだし、今日のところは、直接の警護から外れることにしよう」

「星?」

俺が聞き返すと、星が少し頬を紅潮させて、なんでもない風に答える。

「焦らすのはキライでないが、生殺しは好みませんので。良き人を前に何もせずに寝るなど、耐えられそうにない。それに、どこにいようと……主のために駆けつけることができるし、戦うことはできる」

「あら、それなら私も星ちゃんと同じ想いね。それに、この顔ぶれなら、誰に任せても安心だもの」

二人が会釈をして部屋から出ると、華琳がそっと俺に近づく。

「奴らが来たら、必ず私に知らせなさい」

「心配してくれるのか?」

「べ、べつにそんなつもりはないわっ!! 私は、于吉って男に借りがあるの。この曹孟徳を愚弄してくれた罪を贖わせないことには、気がすまないのよっ!!」

「……ありがとな」

「ふん」

頬を赤く染めて振り返らない華琳の背中が、可愛らしく、嬉しかった。

その後ろをついていく春蘭と秋蘭が、静かに会釈をしてくれる。

何も語らなくても、その瞳は任せろと言ってくれているようで、頼もしい。

「一刀の直接の護衛は、私たちも手を引かせてもらうわ。おそらく、私たちの力では……」

浮かない顔をする蓮華の口を、すっと人差し指で止める。

「その気持ちだけでも嬉しいよ。怪我のないようにね。無理だけはしないでくれ」

「かず……きゃっ」

「大丈夫、一刀のことはシャオが守ってあげるから」

「小蓮っ!! 私は今、一刀と大事な話をしてるのよ!!」

「そんなの知らなーい」

「どうしていつも私の邪魔ばかりするのっ!?」

「お姉ちゃんが一刀に手を出そうとするからよ。それに、お姉ちゃんなんかより、シャオとの話のほうが大事だもん」

その言葉を聞いて、蓮華が口を開かずに目で俺に問いかけてくる。

まったく、そんな顔で嫉妬しなくても、十分に蓮華は可愛いのに。

「二人とも、よろしくね」

「ええ、必ず守ってみせるわ」

「まっかせてよっ」

最後には同じ笑顔で出て行く二人を、呉の皆がいつもの苦笑いで付いていく。

去り際に思春が言った『お前の優先順位は、蓮華様の……呉の次だ』という台詞が、なんだか可笑しい。

最優先の次ぐらいには、心配してくれてるってことなんだろうな。

 

「……ご主人様」

性格と同じ慎ましやかな歩き方でそっと近づき、月が上目遣いで俺を見る。

俺の身を案じる優しさと、他の皆みたいに戦うことで俺の力になれない心苦しさが、顔に書いてあるな。

「大丈夫、心配ないよ」

月の心配が少しでも和らぐように、いつもの笑顔を向けて髪を撫でる。

戦いに関わらなかった月には、今までどおりにしていて欲しいから。

「戦うのは苦手ですけど……えと、自分の部屋でご主人様のことを想ってます。だから、気をつけてくださいね」

「ああ、ありがとう」

「はい」

この優しい笑顔を見るだけで、刺々しいものに苛まれていた心が和む。

この笑顔を……いつまでも見ていたい。

「デレデレしてないで、対策でも考えなさいよっ! 私たちを苦しめた馬鹿になんか、殺されるんじゃないわよっ!!」

「……ああ」

詠のちょっときつい叱咤を受けて、もう一度、心の中で強く思い返す。

あいつらのおかげで不幸になった人は、たくさんいるんだ……その借りを返さないといけない。

扉が閉まり、二人が出て行ったのを確認してから、表情とともに気持ちを真剣に切り替える。

それに堪えるように、残る皆も真剣な表情を返してくれた。

「紫苑も言ってたとおり、俺は、この部屋に来てくれた皆を信頼している。武でも智でも、俺を遥かに上回って、俺のことを支えてくれるって……。朱里の考える最高の布陣を教えてくれないか? この戦い、絶対に負けるわけにはいかない」

「はいっ!!」

「さっきは、人数が多かったから軽はずみなこと言えなかったけどさ、こっちから相手に攻撃できないかな? たとえば、警邏を街の皆にも頼んでみるとか」

「たしかに、待ち、守りに徹するのは難しいかもしれません。ですが、怪我人や死人が出る可能性もありますし、さっきのように逃げられてしまう可能性があります。この城にいるのは精鋭揃いですから、それを強固にするほうがいいと思います」

翠「そっか」

「最も襲われる可能性が高いご主人様の警護には、二人一組にしましょう。今日は、愛紗さんと恋さんがいいと思います」

その言葉を受けて、愛紗と恋がこくりと頷く。

「えーっ!! 鈴々も一緒にお兄ちゃんを守りたいのだっ!!」

「でもでも、ご主人様を守るのが大前提ですが、他から襲われる可能性も少なくないです。あんまり戦力が片寄っちゃうと、隙をつかれちゃいます」

「ぶーっ」

「鈴々、聞き分けなさい」

「そうだぞ、鈴々。ご主人様に着く前に倒せばいいんだ」

「相手が残していった『眠れぬ夜』という言葉が意図したものであるなら、夜襲の可能性が高いです。襲われたときには、必ず中庭に出て援護を求めてください。そのときに、弓矢による狙撃だけは気をつけて。数人は必ず中庭に待機してもらいますから」

こんなのがすぐに頭の中で組み立てられちゃうんだから、朱里の力はすごいよな。

きっと、誰をどこに配置するのかも、自分の頭の中では決まってるんだろう。

渋る鈴々をつれて翠が部屋を出て行き、配置を伝えるために朱里もそれについていこうとして、こちらへと振り返る。

「愛紗さん、ちょっとよろしいですか?」

「恋、少しの間だけ任せるぞ」

「…………(コクッ)」

恋の返事を見てから、愛紗が緊迫した表情で外へと消える。

奴らが巻き起こした風が、平和だった城内をこれほどに変えてしまうのは、なんだか許せなかった。

 

【廊下】

「席を外すということは、ご主人様の耳にはいれたくないこと……か?」

「ご主人様はお優しい方ですから、あの場では言えなかったんですけど……どこで何が起こったとしても、どんなに辛い情報が耳に入ったとしても……愛紗さんだけは、ご主人様の傍を絶対に離れないでください。陽動の可能性も高いですし、何よりも最優先されるべきはご主人様ですから」

「分かった。肝に銘じておく」

「それと……」

敵が攻め入るであろう場所、取り得る行動の予想できる全てを朱里が列挙し、愛紗がそれを吸収する。

力を持たない朱里ができる智の戦いは、もう既に始まっていた。

  

【森】

「ちっ、まさか奴の顔を拝んでおきながら、おめおめと逃げ帰ることになるとは……お前の方術で、内部から片付けられんのか? あの数を籠絡して手駒にできれば、後は容易いだろう?」

「相愛の女たちの手で、北郷一刀の命を絶つ……ですか。とても残忍で素敵な思いつきですね。考え得る中では最高に程近い凶悪さを持っています。ですが、おそらく不可能でしょう」

「なぜだ!?」

「そう目くじらを立てないでください。私だって、あなたのためにこの身を投げ打つ覚悟があるのですよ」

「戯言はいい。なぜだと聞いている」

「どうやら、異質である北郷に愛された者……特に、肉体的に愛された者には、傀儡の術の効果が薄いようです。気取られぬよう曹操に二度目の術を試してみましたが、前回のような効果は得られませんでした。蜀の人間への効き目は零でしたし、他が掛かっても、親しき者が声をかければ解けてしまう程度でしょう。乱発が不向きなこの技は無意味、まだ木偶人形を増やしたほうがマシですね」

「結局は、力で捻じ伏せるしかないのか。チッ、あの数を相手にすれば、方術にも限界があるぞ」

「正攻法で軍勢と戦うつもりなんてありませんよ。でなければ、あの場から引いた意味がないですから」

不敵に笑う于吉が、そっと左慈に耳打ちする。

狡猾に相手の命を狙い忍び寄る姿は、方術師ではなく死神のそれだった。

 

 

【一刀の部屋 夜】

日が落ちて夕餉も終わり、それでも緊張は解かれない。

愛紗はあのとおりの性格だから食事も片手間で終わらせる簡素なものを取り、片時も青竜偃月刀を離さず、警戒を怠らない。

恋も、いつもと同じで何も話さなくても、獣の親が子供のいる巣を警戒するのによく似ている緊迫感を保ったままだ。

「ご主人様は、気兼ねなくお休みください」

そういって俺はベッドに寝かされ、二人は近くの椅子に腰掛けている。

「ごめん……ありがとね」

申し訳なさを感じつつも、俺は瞳を閉じた。

二人の緊張も俺への敵意じゃない……誰かに抱かれている、そんな揺りかごのような感覚で眠りにつくことができた。

 

 

どれほどの時間が経っただろう?

小さな物音で浅い眠りから醒めると、恋が椅子から立ち上がっていた。

「どうしたのだ? 恋」

愛紗の問いには答えずに、気配をうかがうように恋が視線を辺りに配る。

返事を待たずに愛紗も立ち上がり、恋と範囲を二分するように辺りの様子を伺う。

俺には全く感じられないけど……恋が、たぶん何かがいると思い、愛紗もそれを信じた。

だったら、俺も自分のできることをしないと……。

「………………」

枕元に置かれた剣を握ったとき、恋が一点を注視して動きを止める。

「……!」

恋の一撃が風を巻き起こし、中空で鋭い曲線を描く。

そして、何もないはずの場所で轟音を響かせ、何かが壁へと打ちつけられた。

「ちぃっ……まさか、見破られるとはな」

「恋、ご主人様と約束した。誰が来ても……何が来ても……ご主人様を守るって。そしたら、ご主人様は、ずっと恋の側にいてくれるって」

「さすがに、猛将呂布の一撃だ。低劣なままの依り代なら、受けるとともに身が捩れる。だが、今ならこの程度だっ!!」

繰り出された左慈の攻撃を恋は完全に読み、避け、受けている。

「愛紗、ご主人様を……」

「分かっている。敵は任せるぞ、恋っ!!」

俺に攻撃を仕掛けようとすれば、必ず恋か愛紗のどちらかに攻撃を防がれる。

そして、手の空くもう一人は周囲を警戒し、時折現れる白装束の敵を次々に打ち倒していく。

二人の刃の間合いがまるで結界のように全てを跳ね除け、防戦に徹して中庭までの道を抜けた。

 

 

【中庭】

ようやく中庭に出ると、押し迫る波のように白い衣服が辺りを埋め尽くしている。

「ここも手一杯だな」

ほぼ同時に数箇所で攻撃を受けたのか、魏と呉の皆は既に戦いを始めていた。

すぐそこでは、鈴々を壁にして紫苑と朱里が陣を構え、四方から迫り来る攻撃を防いでいる。

「恋っ!! 鈴々と交代、紫苑と合流して、ご主人様の警護に当たってくれ」

「…………(コクッ)」

「鈴々、行くぞ」

「応なのだっ!!」

鈴々と恋が素早く入れ替わり、愛紗と鈴々が周りの敵を蹴散らしながら左慈に向かう。

「ご主人様っ!! ご無事だったのですね」

「ああ、二人も無事でよかった」

「ご主人様、気を抜くのは早いですわよ」

「大丈夫。誰にも……指一本、触れさせない」

目に見えぬほどの速度で敵の間を恋の戟が行き交い、紫苑の矢が外れることなく射止める。

苛烈を極める戦地のこれほど中心に立つのは初めてで……俺は、震える手を剣にかけた。

 

 

「おや、お久しぶりですね」

「ええ、本当に……その顔をもう一度見られるときを、どれほど恋い焦がれたか。私が刃を向けて生きていたものなどいないの。生かしておいたものはいても……ね。曹孟徳の……魏の力を、あなたに刻み込んであげるわ。春蘭、秋蘭、季衣、行くわよっ!!」

華琳の援護をする形で相手との距離を詰めようとすると、その行く手を白装束の軍団が阻む。

「死にたくなければ、下がれっ!! 下郎がっ!! 魏武の剛剣の前には、貴様らなど布に等しいっ!!」

「雑兵を盾に取るなど、まるで無意味。一矢一殺の我が弓で、全てを射抜いて見せよう」

「手加減なんか、しないよーっ!! 鉄球の下敷きになっちゃえーーっ!!」

三人の怒涛の攻撃が、立ちはだかっていた白い壁を次々に崩していく。

自陣の崩落の早さに相手が次の手を打つ寸前、ようやく憎きその顔が華琳の瞳に映りこんだ。

自身を称えるように口元に微笑を浮かべ、華琳は渾身の力を己が最も愛する武器へと伝える。

身を呈して防ごうとする白き肉の壁は、華琳の寵愛を一身に受けた部下たちがすぐに取り押さえた。

「なっ!? 馬鹿な……!?」

「終わりよっ!!」

華琳の大鎌が唸りをあげ、白い首筋へと振り下ろされる。

躊躇なく振りぬかれた一撃が紅い雨を降らし、とさりと庭に遺物が転がり落ちた。

 

 

「やあっ!」

「うりゃうりゃうりゃっ!!」

「くっ……」

姉妹の息のあった攻撃に、左慈は受け流すだけでも手一杯となっている。

一撃の威力はまさに必殺、刃が直撃すれば間違いなく命がない。

辺りにいる白装束は、蓮華、小蓮を守るように飛び回っている思春に数秒もなく駆逐されている。

打ち漏らされて飛び掛る白装束は、二人の予備動作のようなわずかな動きだけで撃退される。

雑兵などのために一刃を振り下ろしているようでは、戦場で戦えない……か。

徐々に壁際へと追い詰められ、外していた間合いが二人のものへと変わっていく。

「ご主人様の命を狙ったことを、後悔しながら散るがいい」

「これで、終わりだからねっ」

「くらえっ!!」

焦れた、苦し紛れの一撃、それほどに分かりやすく、受けやすく、返しやすい攻撃などない。

それは、愛紗も鈴々も十分に知っていた。

愛紗が攻撃を受け止めると同時に、軸をずらして相手の体勢を崩させる。

刃を返す愛紗の一撃と鈴々が渾身の力で振り下ろす瞬間が、申し合わせたようにぴたりと重なった。

「があぁあぁっ!!」

刃が鈍い音を奏で……絶叫して間もなく、事切れた身体からは力が抜け落ちていた。

 

 

「うりゃうりゃうりゃうりゃー」

敵を倒して絶好調な鈴々の豪快な一撃で、並び立つ白装束が根こそぎ倒される。

「お兄ちゃん、やったのだー!」

「さすが、鈴々だな。ありがとう」

「むむぅ……おりゃあーっ!!」

鈴々に負けじと、季衣も自分の鉄球を操って次々と敵を打ち倒していく。

「やりましたよー! 春蘭様」

「まだ終わりか分からんのだ、気を抜くな。季衣」

「えぇー!? そんなぁー」

「なら、私も春蘭を褒めるのは後にして、秋蘭を褒めようかしら」

「そんな、華琳様ぁ?」

「冗談よ」

「……はぁ」

相変わらず、戦いの中でもいつもと変わらない……魏のみんなも健在みたいだな。

 

「何故、私に視線を向けるのだ? 北郷」

「いや、呉も同じなのかな? と思って」

「な、何を言うっ!? 私は、べつに蓮華様に褒めていただきたいなどと……」

「蓮華様、兵錬場の敵は片付きましたよ。褒めてください」

「思春も穏も、ありがとう」

「………………」

頬を真っ赤にして、すっと思春が俯く。

やっぱり、どこも変わらないみたいだな。

「城壁付近の敵の撃破、終わったでー。なんや雑魚ばっかでつまらんかったわ」

「霞、お疲れさま。ありがとね」

「いやーん、もっと褒めて褒めて」

「恋も……」

「うん。恋もありがとう、おかげで助かったよ」

恋の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めて笑ってくれた。

「まったく、お前たちには緊張という言葉がないのか!?」

残りの敵を倒してきた愛紗が呆れたようにため息をつく。

俺を睨みながら言うのは嫉妬? なんて聞いたら叩かれそうだな。

「無駄に張り詰めるのは意味がないわ。この身は既に戦いに投じてあるもの」

「それに、さっきで変なメガネも怒鳴る奴も倒したのだ。きっと、あれで終わりなのだ」

「まだ……星と翠が来ていない。朱里、二人が向かった先は?」

「お二人には、玉座とその周囲をお願いしました」

「お兄ちゃんは心配性なのだ。翠も星も強いから、心配ないのだ」

「紫苑、璃々ちゃんは無事だな?」

「はい、月ちゃんたちの部屋に。そこから出ないようにと言い含めてあります」

「なら、二人を迎えに玉座まで行こう」

魏と呉を操り、あれほどに壮大な計画を立てた奴らが特攻で終わりなんて、呆気なさすぎる。

まだ、気を抜くのは早い、そんな気がしてならない。

 

 

【玉座の間】

「ふむ、壁……か?」

「くっそぉっ!! 何で出来てやがるんだ!? アタシの槍が通らないなんて……」

「玉座にしては、ちゃちな椅子ですね。座り心地もそれほど良くない」

「汚い手で触るなっ!!」

怒りに任せ、どれほどに力を込めても、剣戟を響かせて刃は見えない何かに阻まれる。

手ごたえはある……存在しないはずの何かに、その行く手を完全に抑えられているのだ。

「おや? 趙雲殿は降参なされたか?」

「猪突猛進を繰り返すのは、翠の仕事。わたしは、そこから糸口を掴めばそれで良い」

ゆっくりと刃を進ませ、止まる一点に刃先を合わせて、勢いよく引き上げる。

ぎぃぃっ!!

「ひぃぃっ……鳥肌が……」

「なんだ、この音は好かんのか? 身体の芯からゾクゾクと……いい音色ではないか」

「星みたいな変態じゃないんだよっ!!」

「ふむ、さっきの手応えならば、そこ……かな?」

星が放り投げた何かが上のほうから見えない壁を通り抜け、相手の前に落ちる。

「これは、仮面……?」

「正義の使者である華蝶仮面から、貴様のような悪党を成敗するために譲り受けた物よっ!!」

壁を使って高く舞い上がり、壁をすり抜けて刃を構える。

「行けるっ! 座ったままじゃ、星の一撃は避けられっこないっ!!」

「殺った!!」

体重を十分に乗せた渾身の一撃が当たる瞬間に、奴の姿が陽炎のように消えうせる。

抑えることなく放った一撃は、椅子の背を完全に粉砕した。

「おやおや、ご主人様の椅子を壊してしまうとは、困ったペットですね」

残骸から獲物を引き抜き、翠の傍へと戻ると同時にさっきの男、そしてもう一人が玉座のあった場所へと姿を現す。

「方術の類か。これでは、当てようがないな」

直撃の寸前で避けられてしまっては、手の施しようがない。

「星、翠、無事か!?」

部屋の中に皆が流れ込み、各々に距離を取り、武器を構える。

「これで、役者が揃ったというわけですね」

「やけに弱弱しかったと思えば、アレは貴方の影だったようね」

「当たり前だ。影でなければ、貴様ら如きに後れは取らん」

「なら、もう一度やっつけてやるのだっ!!」

「それはできませんよ。あなたたちは、すでに私の掌の上だ」

奴が手を翳すと、円を描いて白装束が俺たちを包囲する。

「数は無意味だと、さっきの戦いで学ばなかったようだな」

「雑兵は、場を盛り立てるための余興に過ぎません。たしかに、私たちの目的は北郷一刀の死……ですが、要人の警護に雑兵しかつけなかったのは失敗でしたね」

「なに!?」

人の円に亀裂が入り、その一筋に小さな人影が見えた。

そこにいる見慣れた姿に身体が戦慄し、身体からふうっとイヤな汗が放出される。

しまった……これほどに皆が揃っているということは、それだけ他の警備が手薄になるはずだ。

「月! 詠!」

「ご主人……様」

「離しなさいよっ!! 離せって言ってんでしょっ!!」

白装束に刃を向けられた月と詠が、並んで立たされている。

詠が紫苑へと視線を送り、小さく頷く……どうやら、璃々ちゃんは無事みたいだ。

「言ったでしょう? あなたたちは私の掌の上だ……と。さあ、どう踊ってもらいましょうか」

「あんたっ!! まだ私たちを苦しめるっていうのっ!? 月に手を出したら、私が絶対に生かしておかないからね」

「囚われの少女とは、物静かで儚げでなくてはいけませんよ。隣のお友達を見習えないなら、その口を塞ぐしかありませんね」

「くっ……」

于吉が指を弾くと、二人の喉元に向けて刃が突き立てられる。

脅し……と取るのは早計だろうな、月や詠を殺しても損はない。

「さて、北郷一刀、どうしますか? 大人しく殺されるか? それとも、この少女たちが貴方に殉じるところが見たいですか?」

「ご主人様っ!! 私のことは……かまいませんからっ……だから……」

「月、ダメだ。そんなこと、できるはずがないだろ!!」

「ダメですっ!! ご主人様をお慕いしているから、今の私が生きていられるんです。ご主人様が死んでしまったら、どうせ、私は生きていられません」

押し当てられた刃の冷たさ、恐ろしさは、月が一番分かっているだろう。

でも、月はそれを押し殺して……涙を堪えて、懸命に耐えようとしてくれる。

「ご主人様の、足手纏いになるくらいなら……」

月の動きを知っているように、喉へと押し当てられた刃がすっと離される。

「自分から突き付けられた刃に喉を押し当てようとしますか。自害を選ぶのは見上げた忠誠心ですが、人質としての分を弁(わきま)えていただきたいものですね」

「……外道が」

「同感だな、見ているだけで虫唾が走る」

硬く握り締められた獲物が、抑えきれない力でカタカタと震えだす。

ここにいる皆が一触即発し、煮えたぎる怒りの中でほんの僅かな隙や油断を目ざとく探している。

「なんと心地よい賛辞でしょう。呪うなら、己の無力を呪いなさい。北郷一刀、返答やいかに?」

答えなんて既に決まっている……俺は、愛する人を誰一人として失いたくなんてない。

返事をする前に一歩を踏み出して、相手の距離を少しでも詰めた。

「悪いな。月のお願い、今回だけは聞けないよ」

「ご主人様!?」

「もし、俺がそういう人間だったら……月は俺のことを慕ってくれなかっただろうから」

「そんなことありませんっ! ありませんからっ!」

涙を流して首を横に振る月の視界で、俺はいつもの笑顔でいられただろうか。

緊張は驚くほどに高まっていくのに、頭の中は冷えている。

たぶん……理想の臨戦態勢だろう。

「どうやら、潔く死んでくれるようですね」

「甘い理想論を振りかざすのが俺だ、その言葉を翻すつもりなんてない。胸に掲げた信念を曲げることは、手を貸してくれた者に対する裏切りだから。王者としての返答はこれであってるよな? 華琳」

「当然よ。覇道を歩むのに相手にお伺いを立てるなんて無意味だわ」

「人を想い、民を想うなら、自分を貫き通すべき……だよな? 蓮華」

「……そのとおりよ、一刀」

「なら、俺の進む道は、一つしかない。……っ!!」

剣の柄に手を沿え走り出し、相手との距離をぐんと詰める。

俺だけに意識が集中すれば、月と詠への警戒は薄れるはずだ。

「うおおおっ!!」

「死に急ぐか……なら、それもいいだろうっ! 望みどおり殺してやるよ!!」

愛紗に習った技を俺がどこまで自分のものにし、それが通用するかどうかだな。

『ご主人様が、相手を屠る技を積極的に覚える必要はありません。必要なのは、生き延びるための力です』

避けられるのを予想しながら于吉へと一撃を短く振り下ろし、素早く左慈へと攻撃の対象を切り替える。

「くらえっ!!」

言葉とは裏腹に、相手の踏み込みを止めるように放つ牽制の一撃。

相手は見切っているのか、振りぬいた瞬間を見極めて突進してくる。

後の先か……なら、相手の一撃を受け止めて……すぐに切り返すっ!!

「遅いっ!!」

俺の剣の刃先を指先で挟み止め、左慈が流れるように空いた手で掌底を叩き込んでくる。

「かはっ……」

全身の空気が外に追い出されて、打たれた骨がギシギシと軋む。

一呼吸置いてから痛みが吹き出し、自分の意思と身体の動きが連携を取らなくなる。

くっそ……この程度……で。

「負けられるかぁっ!!」

鈍い身体に必死で鞭を打ち、踏み込みとともに一撃を振るう。

「それが、貴様の最後の台詞となるっ!!」

横へと薙いだ剣は飛び越えられ、眼前に奴の蹴りが迫るのが見える。

こんなところは剣道の試合と同じだ……当てられる瞬間まで見えるのに、身体が動かない。

ギシィッ!!

目の前を覆う黒い影と、鈍い音が辺りに響きわたる。

「……?」

「貴様らの汚れた攻撃がご主人様の身体に触れるなど……この鬼神関羽雲長が生きている限り、叶わんと知るがいい」

「させないのだっ!」

俺の背後に鈴々が立ち、蛇矛で于吉の攻撃を押し払う。

「張飛ごときに、私の動きが読まれてしまうとは……」

「戦いで鈴々を出し抜くなんて、無理だもんねー」

「急いては事を仕損じる……とは、よく言ったものですね」

「こうなれば、実力行使でねじ伏せるしかないようだな」

「やれるものなら……」

「やってみればいいのだっ!!」

二人が矢のように放たれ、敵へと突進していく。

 

「だめですっ!! ご主人様から離れては……」

「さすが、諸葛亮ですね。だが、時既に遅し」

俺の背後から耳元へと囁きかける声に、全身の血が凍らされる。

なんで、俺の後ろから? 鈴々が相手をしてるはずじゃ……。

「お前の疑問に、俺が答えてやるよ」

目前に迫った鋭利な刃……馬鹿な、馬鹿な!? 愛紗の相手をしているはずのお前が、なんでここに……。

 

『じゅぷっ』

 

耳障りな水音がして、ぱたたと赤い雫が地面に落ち、左胸を流れる温かい一筋の液体。

「ぁ……ぁぁ……」

「っ……っぁ……」

「あなたたちが投了しなかったのですから、残念ながら、これで終局です。外で私たちの繰り人形を見せてあげたのに、登場してきた私たちを何の疑いもなく本体と思い込むのですから……。あなたたちの馬鹿正直さには、助けられますよ」

後ろから聞こえ続ける声……そうだ、こいつらを倒さないといけないのに……。

なのに、身体は俺のいうことを、何も聞いてくれやしない。

「!? なぜ、刃が……止まる?」

「左慈、その刃を退けなさい。どうやら幸運は重なるようですね」

背後にいたはずの気配が、まばたきするほどの一瞬で眼前に現れる。

そして、左胸に空いた穴に向かって、奴の指が伸びてくる。

「私たちの悲願が、こんなところに紛れ込んでいたとは、気づかぬわけだ。最後の鏡のかけらを宿しているなど……皮肉なものですね」

「あっああああがああああ!!!!!」

身体の中を異物が這い回り、血の流れを、骨の位置を、全てを壊していくのが分かる。

今は、己の身体が壊れていくのを実感しているという現実が、俺の恐怖心を煽っている。

少しでも侵入している奴の手が歪めば、俺は有無をいう暇もなく壊れる。

「があああああぁぁあぁぁぁああぁあああああ!!!!」

痛みか、熱か、苦痛に急き立てられるように声が出てしまう。

きっと、叫ばなければ……何かが壊れてしまう気がするんだ。

「よい声で喘いでくれますね、嗜虐心を煽り立ててくれる。……これですね」

異物が身体の中から飛び出すと、地面が俺へと急速に近づいてくる。

地面に頬ずりしている俺は、その衝撃さえも満足に味わうことができないほど、感覚が薄れていた。

「なぜ、止めを刺さない?」

「彼の命が堕ちるのが先か、鏡が修復され本来の力を取り戻すのが先か、比べてみるのも一興ではありませんか」

「サディストめ」

「ご主人様ぁーーーっ!!」

悲痛な叫び声……愛紗が……みんなが、駆け寄ってくるのが分かる。

「月……は? 詠…………は?」

「大丈夫です!! ご主人様のおかげですっ!!」

「ちょっと、しっかりしなさいよっ!! 何、この程度で倒れてんのよっ!?」

「せっかく、主らしいこと……したんだぜ。もう少し、褒め……て……っくれ……よ」

だんだんと、声を出すことさえ……辛くなってきた。

「ご主人様っ!? ご主人さまっ!?」

「嘆くのは後にして、今は治療を……」

「無駄だ、どうせ助からん」

「血が、こんなに……月ちゃん、詠ちゃんも手を貸してください」

皆の手が俺に触れてるのは、なんとなく分かるけど……もう、目を開けてるのも億劫になってきた。

血が力の源泉って、本当なんだ。

「物分かりの悪い奴等だな。今、楽にしてやるよ」

「ふっ!!」

轟音を立てて作り出された風が、焼けるような俺の身体を優しく冷ましてくれる気がした。

「チッ!!」

「許さない。絶対に……許さないっ!!」

きっと、初めて聞く恋の叫ぶような怒声が、今はなんだか遠くに聞こえる。

自分が着ぐるみを被っているような、そんな、全身が鈍くて、まるで何かに包まれている感覚だ。

「恋さん、鈴々ちゃん、翠さん、星さん。私たちは治療に専念して、ご主人様を必ず助けます。だから、相手の動きを止めて……黙らせてください」

返事の代わりに鈴々の蛇矛がうなりをあげる。

それが、感情を制御しきれない鈴々の精一杯の返事。

「任せてくれ、一撃足りともそっちに向けさせない」

翠が鈴々の加勢に向かうと、それを狙ったように于吉が悠然と一刀へ歩み寄る。

「見立てどおり北郷一刀が、あなたたちにとっての急所のようですね。そこを攻め立てれば、容易く絶頂を迎え……果てる……と」

「主は、我等が弱みにあらず……昇り龍と呼ばれる、この趙子龍の逆鱗と知れぃ!」

既に我慢の限界など超えている、今は口上を述べる時間さえも惜しい。

目の前の敵を八つ裂きに……言葉通り、屠らなければ、この憤りは収まるはずもない。

「その鏡、渡してもらおうか」

一撃必殺の姿勢を取る星の横を、華琳と春蘭が駆け抜ける。

「交渉の必要なんてないわ、奪い取れば良いのでしょう?」

「修復を防ぐなら壊せばいい。なるほど、簡単な道理だ」

三つの刃がそれぞれの意思で于吉の身体を刻もうと、その牙を剥く。

上空へと逃れたときには、既に異様な風切り音が于吉へと向けられていた。

「逃がすかっ!!」

「せーのっ!!」

于吉「刃を避ければ、矢と鉄球で作られた逃げ場のない弾幕ですか」

涼しい顔を貼り付けたまま掌に力を集め、最小限の矢を弾き、鉄球の軌道を逸らす。

「そうよ、逃げ場なんてないの!!」

「攻撃を避ける限り、この攻めは決して止まん」

「そういうことだ」

「一刀を傷つけた借りを返させてもらうわよ」

「絶対、許さないんだからっ!!」

于吉「くっ……予想を超える激しい攻め立てですね」

息つく暇もない全方向からの猛攻は、皆の怒りが無尽蔵であるように絶えることがない。

だんだんと相手の攻撃を見切るまでの間隔が狭まり、攻撃が衣服を掠めていく。

何よりも顕著に現れた兆しは、相手が肩で呼吸をし始めたこと。

方術が無限の力でないことに、誰もが気づいていた。

 

 

息を荒げ、流れ出る鮮血と青ざめていく一刀の顔色に、周囲が不安を募らせる。

袖で涙を拭い、顔を悲しみに染めて朱里は必死で手を動かす。

周りも朱里の指示に従い、出来る限りの最善を尽くしていた。

「……?」

俺の頬に、何か……当たった?

どうにか重い目蓋を開けると、愛紗が目尻に涙を溜めている姿がぼんやりと浮かんだ。

「あい……しゃ?」

「ご主人様の矛となり、盾となるのが、この愛紗の願い。肝心なところで役に立てない……不甲斐ない私に、ご主人様のお傍にいる許可をお与えください」

愛紗の震える声を聞いて、その涙を止めたくて、なんとか手を上げて答える。

愛紗は、そっと……それでも力強く、俺の手を握り返してくれた。

「愛紗が……そんな弱気な顔……してるんなら、俺も、弱気なこと……言うからな」

声を出すのも楽じゃない……だけど、気づいたら愛紗に話しかけていた。

「ご主人様?」

「死ぬ前に、もう一度……って台詞、言うからな。思い残すのは……愛紗のあの姿を見れないこと……だ」

「そんなっ!! あれだけではありません、ご主人様と約束した数々をお忘れですか!? 私は、まだ数えるほどもご主人様に返していないっ!!」

「分かってるよ。だから……泣いてる場合じゃない……だろ。他の皆も、愛紗の力を必要としてるから……助けてあげてくれ」

「しかし……」

「頼む。みんなを……助けに行ってくれ」

「ご主人……様」

感極まって涙声になる愛紗にゆっくりと微笑む。

「本当は、俺がやらないといけないんだろうけど……ごめん、愛紗に任せていいかな」

「謝る必要などありません、承知致しました。この愛紗が、ご主人様の願いを叶えてご覧にいれましょう」

立ち上がった愛紗が晴れやかな笑顔を返し、駆け出していく。

良かった……いつもの愛紗の笑顔だった。

「やはり、ご主人様は人を指揮する立場にいらっしゃいますね。これで、愛紗さんの激情という油に火がついちゃいましたから……ご主人様以外には消せません」

「後は私共に任せて、ゆっくりとお休みくださいな。必ず、ご主人様の願うままに実現させてみせますから」

「うん、よろしく」

紫苑の笑顔に心が休まり、仲間に全幅の信頼を寄せて瞳を閉じる。

後は、徐々に緩和されていく傷口の痛みに耐えるのが、俺の仕事だ。

 

 

「せぇぇええいっ!」

「ぐうっ!!」

「鈴々、恋、何を手間取っている!? 一気に決着をつけるぞ!!」

「合点なのだっ!!」

「…………(コクッ)」

一人で攻め急いでいた二人が、愛紗の参入により噛み合わさった歯車となって大きな力を生み出す。

別れていたはずの部隊が入り乱れ、二人を相手に押し寄せる波のごとく攻撃が繰り返されていく。

怒涛の攻撃に、二人は背中合わせに追い詰められる。

「息が上がっていますね、左慈」

「うるさいっ!! 人のことを言えた体力じゃないだろう」

「私の身体を気にかけてくれるとは、嬉しいものですね」

「どうするつもりだ?」

「尻尾を巻いて退却……離脱して体勢を立て直すしかありませんね」

「チッ!!」

「ご主人様を付け狙い、そう何度も逃げられると思うなっ!!」

愛紗自身の限界の速度で踏み込み、青竜偃月刀の刃先が霞む。

街中で姿を消した時と同じ、体力が少なくなったとはいえ、二人にとっては造作もないこと。

 

「喝ぁぁぁあぁぁぁぁああああぁあぁあぁぁっつ!!」

 

突如の怒号に二人の動きが硬直し、愛紗は意に介さず刃を走らせる。

刹那に刃が行き交い、二人の鈍った身体が血を咲かせ、骨を軋ませた。

「ぐがぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぎがぁああぁぁぁっ!!」

痛みが遅れて来るように、愛社が刃をとめた瞬間に二人の絶叫が部屋の中に響き渡った。

「方術は、方術使いによって無効化も出来る……忘れたわけじゃないでしょん」

「貂蝉、貴っ様ぁ……」

「いつでも逃げられて、いつでも襲えて、自分は危険から一番遠いところにいる。死と隣り合わせたご主人様に比べて、あんたたちは戦場で戦っていなかったわん」

「戯言を言うなっ!! だから、なんだと言うっ!?」

「それだけの過酷な環境を生き抜き天命を全うする姿に惚れ込み、誰もが北郷一刀を王と慕っている。それほどにこの世界に愛し、愛されている人物が、正史を脅かしたりするようなことはないわん。わ・た・しの折り紙つきだから、安心していいわよん」

「それほどまでに……あの男を信頼しているのですか」

「そうよ。だから、安心してお休みなさい」

「ふっ、どちらにせよ、既に力など残っていませんよ」

静かに目を閉じると、于吉の姿がすっと消え失せ、鏡と小さな石だけが残る。

貂蝉は悲しそうな顔でそれを見送っていた。

「チィッ、還ったか」

「かえる? 死んだんじゃないのか?」

「依り代に宿された魂が、あるべき場所に帰っただけよん。死んだわけじゃないけど、もうここには来れないわね」

「これが、元凶と呼ばれた鏡か」

「くっそぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」

動かぬ身体に鞭を打とうとするが、その場から微動だに出来ずにいる。

触れようとしていた星を、貂蝉が肩に手を当て制した。

「だ、め、よ。鏡を壊せるのは、ご主人様だけよん」

「馬鹿を言うな、今は動かせるような容態ではない!」

「代わりに私が……」

「敵意を持ってあの鏡に触れても、ご主人様以外は拒絶されてしまうのん。それは、矢でも同じよん」

 

聞くことだけは、余計な力を使わずともできる。

そうか、俺が動くしか……ないのか。

逆だ。俺が動くだけで……この世界は、このままでいられるんだ。

もう重い剣を扱うような筋力も気力もない、一太刀が俺に残された最後の体力だろう。

「愛紗、俺の木刀を……取って……くれ」

「ですが、ご主人様……」

「俺の居場所は……俺の手で決めたいんだ」

あのときの俺の願いで、この場にいるなら……今の俺の願いは、この場に居続けることだから。

だから、俺の手で、居場所を作るんだ。

「……分かりました。少しお待ちください」

「待つ必要ないわよっ!! もう、取ってきたから。どうせ、今のあんたの体力じゃ、軽いものぐらいしか触れないでしょ?」

息を切らせて、詠が木刀を差し出してくれる。

「……ありがとな」

握るのもやっとなくせに、木刀を持つと心が落ち着き、呼吸が静まる。

俺のゆっくりな歩調に合わせて、愛紗が肩を貸して鏡の前まで寄り添ってくれた。

悔しがるように左慈が動こうとするが、抵抗するごとに血が流れ出し、痛々しい。

もう半歩で間合いに入る……そう思ったときに、痛いほどの叫びが耳の中に入ってきた。

「なぜだ!? それほどの痛みを伴って、なぜ、そこまでこの世界に固執する!?  貴様は、正史を愚弄したいのか!? それとも、現実でない世界に逃げ込みたいのか!?」

「どっちも違うっ!! ここにいる皆は……自分の幸せを守るために、それぞれ痛みを感じて、必死で生きてるんだ。俺は、ここで生きている人たちの温もりに触れて、温かさに触れて生きてきた。どんな形なんて関係なく……生きている人たちを滅ぼそうなんていう考えは、俺にはできないっ!!」

愛紗も、鈴々も、朱里も……今までに会ってきた人たちは、みんな、笑って、怒って、泣いて……生きてるんだ。

世間で知られていなかったとしても、人々に好かれていようと、嫌われていようと、皆はここで生きている。

この世界は、誰かの勝手な都合で壊していいものじゃない。

「馬鹿がっ!!」

そう吐き捨てると、左慈の姿も忽然と消え、石だけがそこに残った。

馬鹿……か。

何に対しての馬鹿なんだろうな。

「ふぅ……」

『技を繰り出せるときは、万全の状態とは限らん。だからこそ、その身に染み付くまで反復せい』

じいちゃんの言ってたとおりだ……感謝するぜ。

全身の力を抜いて、自重に全てを任せて木刀を鏡に突き立てた。

亀裂の走った鏡は澄んだ音を立てて割れ、破片が粉々に飛び散る。

あの時との違いは、鏡の枠のような装飾の部分まで貫かれ、拉げたこと。

これで……修復は不可能……だよな。

安堵感で心が満たされると、身体には、もう自分の体重を支える力さえ残っていないのに気が付く。

愛紗に抱きとめてもらっても、俺はその腕からずり落ちるようにぶら下がっている。

「ご主人様っ!? ご主人様っ!?」

愛紗の声が、どんどん俺から遠ざかっていく。

身体の力が……入ら……な……。

 

 

遠くのほうで、声が聞こえる。

いつも聞いている、綺麗で、ちょっと怒ったようなのも可愛い……あの声。

「私がご主人様を見ると言っているだろうっ!! 皆はいつものとおり、仕事に励んでくれれば……」

「愛紗、その台詞は、些か都合が良過ぎると思わんか」

「そうね、ご主人様を独り占めするのは、良くないことよ」

「そーだそーだ、横暴なのだ」

「な、何を言うか!」

目を閉じて寝ている俺の横で、そんな声が飛び交っている。

動揺すると声が大きくなるのは、ある意味、愛紗の魅力だよな。

なんでだろう、起きているはずなのに、身体が……動かない。

目も開けない……口も開かない。

聞こえるのに、それで動けないなんて……もどかしい。

「やはり、医学に精通しているわたしのほうが……」

「わたしたちは、いつもご主人様の身の回りのお世話をさせていただたいています。いつもどおり、私たちが……」

「なに、まだ北郷は寝てるの?」

「何のようだ?」

「暇潰しに作ってみたのよ、薬を。だから、その効果を北郷で試しにきただけよ」

「少しは労いなさいよ。私と華琳様が持つ膨大な蔵書から、医術、薬学に関するものを全て読み直したんだから。それが、どんなに大変か……」

「おだまりなさい、桂花。余計なことを言う悪い口は、今度、下の口と一緒にたっぷり教え込んであげるわよ」

「あぁん、華琳さまぁ」

「あら、それじゃあオシオキにならないわね。なら、荀恕……と呼ぶことにしようかしら」

「そ、そんなぁ……華琳さまぁ?」

「北郷っ!! 呉の国に伝わる秘伝の薬を……」

「そんなの秘伝じゃないわ、そういうのを世間知らずの時代遅れっていうのよ」

「なんですって!?」

「ご主人様の寝所で騒ぐなど、言語道断っ!! 決着は、余所でつけてこい」

はは、みんな元気だなぁ……本当に変わらない。

動けない俺の傷口に、蓮華と華琳が薬を塗ってくれたみたいで……。

何かに包まれるように、傷口の痛みがじわじわと分散していった。

 

 

  

寝ていた俺が、もう一つ奥の眠りの中にいる。

あたりの音、光、声、何も聞こえず……どれだけ時間が経ったのかも分からない。

ただ、寝ているときでも、肌が重なり、その温かさを感じられる。

瞳を閉じていても、その存在が誰なのか、俺には……よく分かる。

いつも、俺の傍にいてくれるんだ。

その温かい存在に向けて、自分のできる限り精一杯、手を伸ばす。

手は、ようやく俺のいうことを聞いてくれた。

「ご……しゅ……じんさま?」

「あい……しゃ?」

「ごしゅじんさま!?」

ゆっくりと目を開けると、そこには最高の笑顔で涙を流している愛紗がいてくれた。

俺が一番安らげる人が、傍にいてくれる……それが、すごく嬉しい。

「あれ……?」

どうして寝ているのか、記憶が混濁してすぐには思い出せない。

「そうだ……みんなは?」

「皆、無事です。あれ以来、何も起こっておりません」

「どうして愛紗が俺のベッドに?」

「え!? これは……その……あの……き、きょ、今日はたまたま、わたしの番で……ご、ご主人様は体力が低下していらっしゃるので、身体が冷えぬようにとっ!!」

「なら、もう少しこうしていてよ」

その恥ずかしそうな顔と抱きしめるように伸ばしてくれた腕に包まれて、俺はすっと全身の力を抜く。

恥も外聞もない……俺は、好きなだけ愛紗にじゃれて甘える。

正直なところ、生きていられるのが不思議なぐらいの血だったと思う。

そう思うと、今でも何かが恐くて……人肌が恋しくなる。

「俺の死に場所は、やっぱり愛紗の腕の中……そう決めたのに間違いなかった」

「ご、ご主人様っ!? な、何を仰るのですか?!」

「大丈夫、当分の間は死なないから。愛紗にあの服を着てもらうって約束を守ってもらうまでは……ね」

「……覚えていらっしゃったのですね」

「俺が愛紗との約束を忘れるわけないよ」

言葉が途切れて、余計なことが頭をよぎる。

「どうかなさいましたか?」

「ううん」

心配そうな愛紗の表情を見て、反射的に首を横に振っていた。

決別した世界のことが、頭の中に浮かばなかったわけじゃない。

だけど……これは、俺が選んだ俺の生きる道だ。

こういう生き方も、俺らしくていいかもしれない。

だって……俺は、こんなに幸せだから。

部屋の外には、誰かの足音。

そして、だんだんと賑やかになる……幸せの足音。

 

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恋姫無双の他のSSです、あわせてお楽しみください

三国全部がそろってるシーンって、かなり貴重なんですよね

しかも、三国で別の国の人同士が交流するシーンなんて超絶貴重です

ああ、このキャラたちが一緒にいたらどんな話をするのだろう?

そんな、自分の見たいを具現化してみました

 

作中で少しだけ話題にあがった手紙の話を掘り下げました

一刀がラブレターをもらったら喜ぶと知ったみんな

目を光らせ、一刀を喜ばせたい一心で想いを手紙に綴(つづ)ります

  

真・恋姫無双の魏ENDの部分でこんな話を入れてほしかった

あの演出なら、こんな話があったらテンションがストップ高だった

そんな愛と熱意を込めて、華琳の視点で描きました